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畠山重忠282(作:菊池道人)

 五辻殿の寝所。
 夜更けに、後鳥羽上皇は目を覚ました。
 障子の外が異様に明るい。
火でも焚いているかのようだ。
「我が姿を見たまえ」
という声。
「何者ぞ」
「我が姿を見たまえ」
繰り返し呼ぶ声に、上皇は障子を開けた。
「あっ」
驚きの声を出したきり、上皇の声は途絶えた。
 中庭には馬二頭分くらいの大きさの大蛇がとぐろを巻いている。頭と尾が八つずつ。目は真っ赤である。物心つく頃から話には聞いていた八岐大蛇である。
治天の君よ」
八岐大蛇は語りかけるが、櫂を片手に盗賊追捕の指揮をとる程の豪胆もなりを潜めて、上皇はただ沈黙するばかりである。
「かの須佐之男命が我が尾を斬りとって、霊剣としたが、今は我が尾として戻っておる」
後鳥羽上皇は檀ノ浦に沈んだ三種の神器の一つである剣を懸命に捜索させるも、なかなか発見されないままであった。
「八つの頭、八つの尾を示す印として、人王八十代の後、八歳の安徳帝となって宝剣を取り戻したのだ」
あれほど上皇が所望した剣は大蛇の尾として元の鞘に戻った、というのである。
「されど、治天の君が東の賊を成敗し、その威光を示さんとの志と伝え聞き、参上した次第である」
上皇は目を大きくしている。
景行天皇は皇子たる日本武尊を征夷の将軍に任じた。件の霊剣を以て武勲を挙げたのであるが、近々、征夷大将軍となるべき者を我が前に呼び寄せ、逆徒追討の願文をしたためさせれば、引き換えに予てより所望の剣を進ぜよう。賊とそれを追討すべき将軍の名はしかと書き記すのじゃ」
そう言うなり、大蛇は消えた。
 漆黒の闇の中、汗をかき、肩で息をしている上皇が残された。

何事も科学で割り切るような現代ならば信じ難いことも、信じられていた時代である。
翌日、上皇平賀朝雅を呼び寄せて、前夜に見た出来事を話した。
朝雅もそれを信じ込んで、早速、実朝追討の願文をしたため、夜が来るのを待った。
 果たして、大蛇は前夜と同じ場所に現れた。
「武蔵守平賀朝雅、逆賊源実朝追討の願文を献ず」
身を固くしながら、書状を差し出すと、とぐろを巻いていた大蛇は八つの鎌首を一斉に上げたかと思うや、天へと上がっていく。尾の部分が光を放って、本体から切り離された。そして、それは一振りの剣となった。これこそが上皇が長年にわたり、望んでいたものである。
 大願が今、成就しようとしいるのだ。
 身を乗り出した上皇は夢中で剣を手にする。その瞬間、剣が放っていた光が消えた。朝雅も手にした燭台を近づけるが、その灯に映し出されたのは一本の棒切れであった。
 唖然とする上皇と朝雅の耳に、大蛇の声。
「いらぬ戦など起こさず、ひたすらに民を安んじよ」
何処にでも落ちていそうな棒切れを握りしめたまま、上皇は放心状態となっていた。

 「逆徒源実朝を誅さんと欲す」朝雅の署名入りの書状を手にした左近は、ほくそ笑みながら、東へと歩みを進める。「史記」や「三国志」などの中国の史書によれば、エジプトや西アジアでは幻術、奇術が盛んに行われていた。左近の母方の祖先たちが東へと伝えたものであるが、それを駆使して後鳥羽上皇平賀朝雅の謀略を暴き出したのであった。
(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

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畠山重忠281(作:菊池道人)

 黄昏の六角東洞院
 識之助は平賀朝雅邸に鋭い視線を注いでいる。日が暮れ切ったところで、邸内に忍び込み、この館の主を討つ。 そう意を固めていた。
 先の三日平氏の乱では、朝雅の軍勢に長滞陣ゆえの気の緩みが感じられたので、奇襲を建言するも却下された。結果的には、平家残党による反乱軍は鎮圧され、識之助は辛くも戦場を脱したのであったが、もし自分の策を用いてくれたならばという悔しさは如何ともし難い。
(こうなったのなら、生き延びた俺が朝雅を不意討ちにすれば良いのだ)
識之助は乾坤一擲の勝負に出ていた。
人通りもすっかり途絶えている。
(先ずは塀を乗り越えて)
と、その時である。
 背後からぐっと肩をつかむ者が:。平賀の郎党にでも気づかれたか、と一瞬思い、血の気が引くようであったが、
「待たぬか」
という聞き覚えのある声。
「師匠」
「やる前に俺の話を聞け」
袂を分かったのに何を今更、と識之助は思ったが、ここで言い争っていては感づかれる恐れがある。
識之助は左近の言う通りにせざるを得なかった。

 鴨川の畔まで来ると左近は、
「おぬしならそうするだろうと思っていた。朝雅を敵とするということでは俺も同じだ。しかし、今、殺す訳にはいかぬ」
「どういうことだ」
「あ奴の悪行を暴き切ってからにしたいのだ」
まだ合点がいかぬような表情の識之助だが、左近は、
「実は近々、院の達てのご発願により三条白河に寺が建立されるそうだ。最勝四天王院と名づけるとか:」
左近は静遍から密かに教えられた話を始める。
「どうもそれは調伏のためらしい」
「誰をだ」
「鎌倉の実朝公だ」
「それと朝雅とどういう関係があるのだ」
「朝雅を将軍とするつもりらしい」
「何?」
識之助もようやく関心を持ち始めたようだ。
「院も朝雅を大変お気に入りのご様子。鎌倉では北条が色々と動いているようだ。それが証拠に、去年の暮れから大岡時親が頻りと仁和寺や公卿の屋敷へ出入りしておった。かなり込み入った話のようだ。それに、おぬしも聞いていようが、重忠が殺された。これとも関係があるようだ。ここで朝雅を殺してしまったのでは、真相は闇に葬られてしまう。どうせならば、一人でも多く、関わった輩を道連れにしてやろうではないか」
 識之助は深くうなずいたが、
「師匠は源氏だの平家だのと張り合うことも政をどうこうするとかにも気が乗らぬと言われたではないか。それを今になって:」
「無論、誰が政を意のままにしようが俺の知ったことではない。しかし、知らぬ間柄ではなかった重忠がああいう死に方をしたというのであれば黙っている訳にはいかぬ。理不尽をそのままにして良いはずがない」
「師匠、それならば俺は:」
 乗り気になってきた識之助に、
「先ずは鎌倉へ行き、北条時政が何をするつもりか探るのだ。時政邸ならおぬしも知っていよう。俺もここでの役目を終えたら、直ちに駆けつける。おぬしは鎌倉に着いてから二日後の午の刻頃に鶴岡八幡の鳥居前に来てくれ。それまでの話によってどうするかを考える」
「承知した」
識之助は夜にもかかわらず、走り出した。
それを見送った左近は星空に向かって、合掌する。
(重忠よ、俺はおぬしの仇を討つぞ) (続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

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畠山重忠280(作:菊池道人)

 
 終章 左近山異聞

 山並を逆さに映す広沢池。
 蜩の声とともに、琵琶を弾いて調子をとりながらの歌声。
「仏は常にいませども うつつならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ」
 畔にて、歌い奏でているのは左近である。
 この歌を氏王丸という少年に教えてやった。狩の際、わざと水鳥を逃がしたことに仏の姿を見た。
 そのことが思い出されてくる。
「もし」
背後からの声に我に返る。声の主は静遍である。小脇に冊子を抱えていた。
「魂を込めて歌われておられるのう」
心のうちを見透かされたようである。が、すでに母についてのことを知っているこの僧には余計な取り繕いは無用である、という心境になっていた。今となっては、心中を吐露するしかない、と思った。左近にしては、珍しいことではあるが:。
畠山重忠という御家人が戦没したのはご存知かと」
「うむ」
静遍はうなずく。
「それがしとは縁のある者でござった」
そう言いながら、左近は脇に置いてあった袋から陶磁器の破片を取り出した。
「これは我が父、炎丸が奥州の金売り吉次に贈った品の片割れでござるが、先般の奥州攻めでこのような姿に。それがしは鎌倉方の先陣を勤めていた重忠を恨み、それ以来、遠ざかってしまっていた。しかし、御坊から母の話を聞いて、やたらと人を責め、背中を向けてしまいたがる己の性癖はよろしからずと省みて、近々、重忠と誼を取り戻すべく、東国へ下ろうと思っていた矢先に:。いや、昔のような仲には戻れずとも、せめて今ひとたび、語りあいたいと:」
左近は上を向きながら、こみあげてくるものをぐすりと飲み込む。
 静遍は、
「人を責めてしまうのは、ご貴殿には信ずる真があるからではござらぬか」
「いえ、そのような:」
「先ほど歌われていたように、暁にほのかに姿をお見せになる御仏のように、ご貴殿の真というものはそうやたらと人の目には見えるものではない。それはご貴殿が無理に隠そうとされているようにも思えるが:」
左近は無言のまま少し俯く。
「拙僧はこうした書物を手に入れたところでしてな」
静遍は先ほどから抱えていた冊子を見せる。表紙に「選択本願念仏集」という文字があった。
「これを書いた法然とかいう売僧が、悪行を重ねても、念仏さえ唱えれば極楽浄土へ往生出来るなどと世迷言をほざいているとかいうので、いつか論破してやろうと思っております」
 穏やかな静遍が語気を強める。
「だが、あの生臭めを慕う者は多い。特に民には慕われている。正直、そうしたところは羨ましいと思うのだが:」
後のことであるが、静遍は法然の「選択本願念仏集」に感銘を受けたことを機に浄土宗に改宗している。
「仏の道とは本来は迷える衆生に寄り添い、救うためにあるはずであるが」
何か胸に抱えているかのような静遍である。
法然のみならず、ご貴殿も羨ましい。つまらぬ世間のしがらみに縛られずに生きておられるからだ。拙僧は真言の道というしがらみに縛られているが、そもそも空海上人は今のような有様を望んでおられたか」
 静遍は辺りを気にしながら、
「実は近々、白河に新たなる寺を建立するという話がありましてな」
「それが何か」
不思議そうな表情になる左近の耳に静遍は口を近づけた。(続く)
 

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

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畠山重忠279(作:菊池道人)

 

 翌二十三日の未の刻(午後二時頃)に鎌倉に戻った義時は、関戸から引き上げて来た三浦義村とともに、大倉館にて、時政に前日の重忠討伐を報告した。
 重忠主従は僅か百数十人であったこと、味方は一万を超える大軍であったにもかかわらず、午の刻(正午前後)に始まった戦いが申の刻も終わろうする頃(午後五時)までかかってしまったのは、多くの者たちが重忠は無実ではないかと思ったことによる戦意の低下が原因ではないかと付け加えた。
「父上、それなりの覚悟がおありでしょうな」
温厚な義時には珍しく、かなりきつい調子である。
 時政は唇を噛みながら、無言のうちに少し下を向いた。我が子の問いに、肯定の返事をしたつもりなのか、それとも悔いているのかはわかりかねる。
 義時はそれ以上は言葉を継がずに、父を睨みつけていた。
 傍らで黙していた義村は、
「それがしはいささか用がございますので、本日はこれにて」
と退出した。

 後の話であるが、義村は北条に反旗を翻した従兄の和田義盛を裏切ったことから、千葉胤綱から「三浦の犬は友を食らう也」と言われたことが「古今著聞集」に書かれている。
身の危険を感じれば、道義という足かせを簡単にかなぐり捨ててしまうのがこの人物の特徴である。
 重忠が無実であることがわかれば、自分が陰謀に加担していたことがやがて明らかになるであろう。
 それはおそらく同じく謀議に加わっていた稲毛重成の口から出るに相違ない。
 重成に自分とよく似た性格を見出している。
 義村は郎党の大河戸行元と宇佐美祐村を呼び寄せると、耳打ちした。

 戦勝の宴を催したいと義村の使者が来たので、重成は弟の榛谷重朝と子息の重政、甥の重季、秀重を連れて、経師谷口(材木座近く)に出かけた。
 酉の刻(午後六時頃)のことである。
 が、当の義村の姿が見えない。あたりを見回している重成の前に、いきなり大河戸行元が現れた。
「讒言で人を陥れる不埒者め」
行元はいきなり重成の脇腹を刺す。父の悲鳴に驚いて、駆けつけて来た重政に今度は横合いから宇佐美祐村が斬りつける。
 稲毛父子がたちどころに殺されたのを見て、榛谷父子は逃げようとするが、三浦の郎党たちが行く手を阻み、三人とも斬り伏せられてしまった。
 全て重成の讒言によるものであることがわかったので、義村が成敗した、と事後に公表された。 
 重忠誅殺の件をほとんど重成の単独犯として闇に葬ろうとしていたのである。

 鶴ヶ峰の戦場で重傷を負った重秀は父の重忠の死を知ると、その場で自害した。本田近常、柏原太郎ら主だった郎党たちもことごとく討たれた。
 菅谷館でも妻の徳子が夫と我が子を同時に失ったことを悲嘆して自ら命を絶った。
 重忠の母は菅谷に残っていた郎党たちに背負われ、重清のいる信濃へと逃れた。
 なお、もう一人の妻房子は後に足利義純に再嫁し、義純が畠山の名跡を継ぐことになる。
 重忠の遺領は勲功のあった者にあてがわれた。
 その事務処理は北条政子が取り仕切ったのである。 (続く)

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畠山重忠278(作:菊池道人)

 鎌倉へ行く道は二俣川の南側に聳える岡を越える。そこを通るはずの敵に備えていた下河辺行平の心は揺れていた。
 重忠主従が僅か百数十名。しかも次々に倒され、林が多いこともあり、今や将たる重忠の姿を見つけるのも困難なくらいである。それくらい少ない人数であるという話が漏れ聞こえてきたことで、謀反の意ありとは虚言ではないかという疑念が強まってきたのである。
 以前に梶原景時が風聞を頼朝に耳に入れた時、重忠とは幼少の頃から親しんでいる自身が審問の使者に選ばれたのに、今回はそうしたことは一切しないということも腑に落ちなかった。
(今からでも、本陣の義時どのに一言、申し上げるべきか)
そう考えだしたところへ、馬蹄の音が聞こえる。
 愛甲季隆が来た。行平とは弓術で鎌倉御家人内の一、二を争った間柄である。
「敵はおそらく北へ逃げるはず。前へ進もうではないか」
 そう呼びかける季隆に、行平は、
「本当に重忠どのは謀反を起こされるおつもりなのか」
が、ひたすらに功名心に燃え盛る季隆は、
「この期に及んで何を」
そう言うと、再び馬を走らせた。
「愛甲どの、待たれよ」
行平が叫んだが、季隆は振り向かなかった。
 
 緩やかな坂を下り切った季隆は前方から馬に乗って来る重忠の姿を認めた。丁度、川を越え切ったところである。
 単騎で前進してくるのは意外に思ったが、それを疑問とするには余りにも気持ちが逸り過ぎていた。今こそ、とばかりに弓に矢をつがえ、狙いを定めた。そして、放った。
 矢は重忠の胸のほぼ真ん中に当たった。三日月から転がり落ちた重忠は、これまでに体験したことのない激痛に己の人生の終焉を悟ったが、それでも、箙からこぼれ落ちた矢を手にして、渾身の力で起き上がる。
跪いた姿勢のままで、矢を地面に突き刺した。
「我が心、正しければ:」
その後の言葉は続くことなく、前のめりに倒れた。
元久二年(1205) 六月二十二日。享年四十二歳であった。

 重忠の首級を上げるために近づいて来た愛甲季隆に対して、三日月はその乗り馬に体当たりを食らわした。
「畜生の分際で:」
危うく落ちそうになった季隆は態勢を立て直してから刀を抜いて、三日月の脇腹に切っ先を走らせる。
 三日月は苦しそうに嘶いたが、次の瞬間には走り出した。
 主の重忠が向かおうとしていた方角にである。
 血をしたたらせながらも、三日月は走り続け、義時が待機している本陣に駆け込んだ。
 慌てて取り押さえようとして近寄って来る兵たちを足蹴にしながら、三日月は陣の中央で床机に腰かけている義時に近づいてきた。
 義時は思わず立ち上がった。
 この馬に見覚えがある。
 重忠がよく乗っていた馬だ。
 鵯越で背に負った馬であるということもすでに知っていた。
年老いたので、菅谷館に繋いだままであるということも雑談程度に聞いたことがあったが、その馬がなぜ:。
 三日月は呆然と立ち尽くす義時の前でようやく立ち止まると、がくりと倒れた。義時は思わず駆け寄る。
 何かを訴えるかのように瞳を見開いたまま、三日月は息を引き取った。
畠山重忠どのを相模の住人、愛甲季隆が討ち取ったり」
その声が聞こえると、義時は身が凍りつくような気がした。
 真夏の夕日は執拗な暑さを残しているのにもかかわらず:。(続く)

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畠山重忠277(作:菊池道人)

 視界に川が入ってきた。
 義時の本陣はこの川を越えたところであろうか。
 (貴殿を信じておるぞ)
比企一族との対立が深刻化していた頃、義時に向かって言った自身の言葉が思い出された。
(だが、義時どのは俺を信じ切ることはなかった。信じ続けていた俺が馬鹿なのか)
しかし、頼朝の最期の言葉も思い出される。
(人を信じるということこそ真の勇気がいることなのだ) 
 そうだ、そのことを義時に伝えよう。そのために、今、馬を走らせているのだ。
 重忠は決意を新たにした。
と、その時である。
 突如、月虎の喉に矢が刺さった。悲鳴を上げてもんどりうつ馬から重忠は転がり落ちた。 
 甲冑を身に着けていない体には相当な衝撃だが、横向けになり、息も絶え絶えの月虎を目にすると、由比ヶ浜で三浦方の和田義茂に山風を射られた時のことも思い出し、激しい怒りが湧いてくる。
「畠山どのか」
月虎を射た兵が叢の中から徒立ちで重忠の前に現れる。
「この重忠を射るならば殊勝であるが、馬を射るとは見下げた奴だ」
重忠は立ち上がり、太刀を抜く。
兵は鉾で突いて来るが、重忠はそれをしたたかに薙ぎ払い、返す刀で真っ向上段、頭から叩き斬った。
断末魔の叫びとともに、返り血が飛ぶ。
 敵が倒れるのを見届けると、重忠は月虎に駆け寄った。
 すでに息は絶えていた。
 重忠はひざまずき、手を合わせた。
 と、その時、背後から馬蹄の音が:。
 敵か味方か。
 が、現れたのは人を乗せていない老馬。三日月である。
 菅谷館からここまで後を追って来たのであった。
 年老いて、脚力は衰えていたが、残された力を振り絞ってやっと主に追いついたのだ。
 三日月は重忠の傍に寄ってくると、鼻面をこすりつける。
 老骨に鞭打って、渾身の力で走ってきたせいか、息はいつになく荒い。
 重忠の目から零れ落ちた涙が頬についた返り血を一筋ながらも洗い落とす。
 鼻面をなで、そして頬ずりしながら、
「よくぞ、ここまで:。それ程までにして:」
背に負って鵯越の急な坂を下った恩を忘れていなかったのであろうか。いや、きっとそうに違いない。
菅谷を出立する時の鼻息と悲しげな瞳は、予感がしていたからなのだ。
 余りにも情けなき人々の姿に比べ、何と健気な馬の心であるのか。
 しばらく、三日月をなでながら、休ませた後、
「これから本陣に向かい、義時どのに物申すのだ。信じあえる世を創るべし、とな」
言い聞かせながら、重忠は三日月に飛び乗った。
 この馬に乗るのは本当に久方ぶりであるが、乗り心地は昔のままだ。
 足で腹を叩くと、三日月は走り出す。
 信じられないくらいに速く。
 川に足を突っ込んだ。
 水飛沫を上げながら、川の流れもものともしない。
 二俣川と呼ばれるこの川が重忠の脳裏でなぜか京の白川の記憶と重なっている。
 静にこの馬を見せてやった時のことであった。(続く)

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畠山重忠276(作:菊池道人)

 重秀は飽間太郎と激しく太刀をぶつけ合ったが、勝負はつかずに組み合いとなる。双方とも馬から転がり落ち、互いに上になり、下になりを繰り返す。
 近常はいきなり鶴見平次に額を斬られたが、二の太刀は鍔元でしっかりと受け止めた。
 そこへ月虎に跨った重忠が近づいてきたが、近常は額から鼻の上に血をしたたらせながらも、
「殿っ、前へ。我らにはお構いなく」
我が子も苦楽を共にした郎党も見捨てるのは後ろ髪引かれる思いではあるが、敵を倒すのが目的ではなく、鎌倉に駆けつけ、謀反が無実であることを明らかにすることこそが本懐なのだ。
「父上、重保が待っていますぞ。早く」
敵に組み敷かれながらも、重秀も叫んだ。
 重忠は足で月虎の腹をぽんと叩いた。
月虎は小走りに走り出す。
林の中の人がすれ違える程度の道を走ったが、すぐに前方から騎馬武者が現れた。
畠山重忠どのとお見受け致した。安達殿が郎党、加治次郎家季、謀反人を成敗致す」
太刀を右肩上に振り上げる。
 が、重忠は太刀を鞘に収めていた。戦闘は本意に非ざることを表するためである。
「謀反人とは異なことを。この重忠、平素の通りに鎌倉に参上致す所存ぞ。将軍家の御恩に報いんとする者を妨げるとはその方こそ不忠の極みであろう。そこを退くのだ。ただしこの重忠を生け捕りにして、義時どのの面前に連れて行くというのであれば別だ。一言物申したきことがあるからな」
「弁解無用っ」
家季は上段から重忠に斬りかかってくる。
重忠は少し上体を右横にずらして切っ先をかわすと、左の手で家季の手首をぐいと掴んだ。それから右手で腰の短刀を抜くと、家季の鎧の隙間から胸を突く。
家季は馬から仰向けに落ちた。
 重忠は再び、月虎の腹を叩くと、振り返らずに、前へ進めた。

成清は単騎、結城朝光の面前に現れた。
「榛沢六郎成清、結城どのに物申す。先年、わが主が謀反の嫌疑を受けた際には、かたじけなくもご貴殿には弁護頂いた。その恩に報いるべく、わが主は、貴殿を讒訴致した梶原どの糾弾の書状に署名致した。にもかかわらず、此度は不埒者の讒言を鵜呑みに致し、わが主の忠勤を妨げんとされるは如何なる所存であらせられるか。尋常にお答えくだされ」
渾身の力を振り絞り、喉も裂けんばかりの声である。
「お答えくだされ」
そこへ矢が三本。が、成清はそれを避けようともしない。肩、左腕、そして胸に突き刺さった。
「わが主に謀反の志はなし」
うめくような声で前のめりに馬から転がり落ちた。幼少時代からの重忠を知る男の最期である。
 それを見ていた朝光は頭の上から血の気が引くような思いがした。
 もしや重忠の謀反というのは虚言ではないのか。
 そうした疑念によって、身は金縛りにあったようになった。

朝光ばかりではない。この追討軍に加わった兵の多くは、まったくの旅姿である重忠主従の姿を目にして、戦う意思はなかったのではという疑問を抱き始めていた。
 戦いは昼頃から始まったのであるが、日が西に傾いても、数万の大軍は百三十四人を全滅させることはできない。疑念と後ろめたさに戦意が萎えていたからである。
 それでもこれを機に武名を挙げんとする者は、重忠主従に襲いかかる。
 近常も討ち取られ、重秀は組み敷いた敵を足で蹴り、短刀で刺したが、すぐに別の敵に背後から肩を斬られ、戦闘不能の重傷を負った。
 しかし、重忠は迫り来る敵を薙ぎ倒しつつ、単騎、義時のいる本陣に近づきつつあった。
(続く)


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