畠山重忠286(作:菊池道人)

 御所内の一室で後鳥羽上皇と朝雅は碁を打っている。
 時政の実朝暗殺の謀が失敗してしまったので、それへの対応についての話し合いを兼ねてであった。
「舅は重忠にしてやられました。我が身を投げ出して無実の証をたてた重忠に心を寄せる者が多く、それゆえに焦って、あのようなことを:」
そこへ、
「朝雅どのへ火急の報せにございます」
という声。一礼してから立ち上がった朝雅は門へと向かう。
 門前には屋敷で召し使っている小舎人童が:。
「何事か」
「鎌倉より誅罰の特使が馳せ上って来た由にございます」
「わかった」
朝雅は驚きの色は見せずに部屋に戻ると、上皇にその旨を告げ、
「この朝雅、院を煩わせ奉る訳には参りませぬので、御暇乞いを願い申し上げます」
 上皇は、
「そなたを将軍としたかったのに残念じゃ」
朝雅がもはや逃れようもないことを察した上皇はこの時、我が意に叶う者を将軍とすることが出来ぬというのであれば、いずれは鎌倉に兵を向けることを決意した。
 朝雅は碁石に一瞥を加えると、上皇に深々と頭を下げて退出した。
 
 朝雅が戻ってから程なく、六角東洞院の屋敷前に、在京御家人の五条有範、後藤基清、安達親長らに山内経俊の子である持寿丸の軍勢が集結した。
「不忠者の平賀朝雅を成敗致す」
有範の号令で兵たちは襲いかかってきた。
 その中に真正の姿があった。山内持寿丸に従ってである
「旧主の仇、朝雅をこの真正が」
 重忠の死の背後には朝雅がいるということを聞いていたので、沼田御厨の件への償いを果たすのはこの時ぞ、と張り切っていた。
 朝雅もその従者たちも懸命に防戦したが、多勢に無勢である。
 やがて一人となった朝雅は屋敷を抜け出し、徒歩で逃走した。追手の兵たちは我先にと後を追う。朝雅は辻々を曲がって身を隠しながら、洛外へ抜け、松坂(京都市山科区内)までたどり着いたが、藪の中に潜んでいるところを付近を探索していた真正に見つかってしまった。
「賊がいましたぞ」
 真正の声と同時に東へと走り出すが、背中に矢が突き刺さった。持寿丸が放った矢である。朝雅はどたりと倒れた。
 時に閏七月二十六日のことであった。

 平賀朝雅が討ち取られたという報告を受けた義時は自邸に左近を呼び寄せた。
「もう一人、おったようだが」
識之助のことである。
「実は丹波の母親が病に臥せっているとかで、早々に帰りました。この左近に免じて無礼の段はお許しを」
 識之助が平家残党であることから、左近は方便を使った。
「そうか。ならばよろしう伝えてくれ」
その後で義時は、
「実はそなたの手柄を賞して地頭に取り立てようと思うのだが、如何であろうか」
左近は、
「有難きお言葉、恐悦至極に存じますが、それがしは傀儡子でございます。世間を漂う身ゆえ、土地を守るお役目は性に合いませぬ」
 義時はやや困惑したような表情になる。
「その代わりをおねだり申し上げるのは憚りがございますが、畠山重忠どのの遺品などもしございましたら、拝領が叶わぬかと」
「それは何故にか」
「重忠どのとはご幼少の折から親しくしておりました。しばらくご無沙汰となっておりましたところへあのようなことになったとの由承り、無念の極みに存じます。せめて、その形見などを:」
「わかった。望み通りに致そう」
左近が拝領したのは、重忠の兜に着いていた守本尊の小さな仏像であった。(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

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畠山重忠285(作:菊池道人)

(あなたが好きだった)
 識之助の言葉で秀子は悪夢から覚めた。
 蝋燭に点いた火にふうと息を吹きかけて消すと、燭台を下に捨てた。
 識之助は秀子が今まで燭台を持っていた手をさっと握りしめると、目で語りかける。
「これから逃げるのだ」
が、そこへ現れたのは牧とその兄の時親である。
 識之助の後ろへ逃れる秀子。識之助も半身に構えた。
「秀子、おまえは裏切るつもりか」
牧が声を上げたその時である。
「時親どの、いつぞやは無礼を致し申した」
双方の間に左近が現れた。
「突然で恐縮でごさるが、妹に会いに来たのでござる」
秀子は驚いた表情だが、声は出ない。時親から腹違いの兄についての話は聞いたが、まさか、このような日に会うとは:。
 そして、さらに秀子が驚いたのは、以前に義仲の兵に襲われたところを助けた男が兄であったことである。
「妹が大変お世話になっておりますこと、厚く御礼申し上げる次第でござる」
左近は今、ここで起きようとした出来事など全く素知らぬ振りで、牧と時親に頭を下げる。礼を言われた二人は呆気にとられている。
 そこへ、
「さあ、お上がりください」
湯殿の中から聞こえたのは義時の声。実朝を迎えに来たのであった。

 実朝を救出した義時は、政子から受け取った書状を時政の前に出した。左近がもたらしたものである。
 書状を広げた時政の手がわなわなと震えだした。
「知らぬぞ。婿殿はどのように思っているか知らぬが、わしはひたすらに実朝公を:」
しらばくれようとする父を義時はそれ以上は追及せずに、
「父上の忠節の念は信じて疑いませぬ」
そこへ馬の嘶く声と大勢の人々の足音。
 時政がすっくと立ちあがる。
 表へ出ると、甲冑に身を固めた兵たちがずらりと立ち並んでいる。
 長沼宗政、結城朝光、それに重忠が無実であることが知れ渡って以来、時政の形勢不利とみて、機敏に節操を変えた三浦義村の軍勢である。
 皆、無言のままに時政を睨んでいる。
 時政も威厳を取り繕うかのように兵たちを睨み返すが、その顔は蒼白で、口元もぴくぴくとしている。
そこへ義時も出て来て、
「父上、ご安心くだされ。この者たちは実朝公をお迎え申し上げるために参上したまでです。実朝公さえお返し頂ければ、速やかに引き上げるはずです」
優し気な我が子の声は時政の狼狽に拍車をかけていた。
奥の方からは、女性の泣き叫ぶ声。牧の方が悔し涙にくれている。
この日、元久二年(1205) 閏七月十九日の夜遅く、北条時政は出家し、翌日、妻の牧ともども伊豆へ向かった。
政界から完全に引退したのである。それから程なく、大岡時親も出家した。
 代わって義時が執権として政権を担うようになる。
 時政が亡くなったのはそれから十年後であった。(続く)

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畠山重忠284(作:菊池道人)

 やがて日は西に傾いていく。それでも姿を見せない左近に識之助は焦りを感じ始めていた。
 日が落ちる頃には、実朝が入る湯殿に火がつけられる。かつての思い人が極悪を為す時が訪れるのだ。
 いたたまれなくなった識之助は南の方角すなわち名越邸に向かって足を踏み出した。
 と、その時である。
 琵琶を担いだ男がこちらに向かって来る。
「師匠」
識之助は駆け寄った。
「遅くなった。申し訳ない」
識之助はいきなり、食いつくように左近の耳に口を寄せて、名越邸での話を伝えた。
「わかった。おぬしは兎に角、あってはならぬ事が起こらぬようにするのだ」
左近が言うなり、識之助は走り出す。
それを見届けた左近は、速足に大倉館に向かった。

 薄紅のかかった白い巻貝が功を奏した。
 それが幽閉された後白河法皇から平家追討の院宣をもたらす手助けを為した褒美に頼朝から拝領したものであることを門番の武士に伝えた時には、さすがに不審そうな顔をされた。おそらくは、その当時を知らなさそうな若い武士は渋々とした表情で取り次いだが、どうやら政子がそれを夫との思い出の品であることを認めたらしく、すんなりと目通りを許されたのである。
「左近にござります」
一礼して広間に入ると、上座の政子は左手に貝を持ち、右手の人差し指で目の縁をそっと抑えている。
 亡き夫のことを思い出し、いささか涙ぐんだようであった。
「いつぞやは身に余るご褒美を賜りながら、頼朝公にはとうとうお目にかからずじまいで、誠に無礼千万、面目ない次第でございます」
が、政子は優し気な声で、
「いいえ。そなたの働きがあってこその頼朝公の偉業、このようなつまらぬ品では却って申し訳ない」
左近は軽く頭を下げた後で、
「実は本日、参上致したのは火急の要件ゆえにでございます。将軍様のお命が危のうございます。時政どのがお命を狙っております。これがその証拠にございます」
すでに用意した書状を政子に差し出した。
 政子が開いてみると、平賀朝雅の署名が先ず目につく。本文も間違いなく朝雅の筆跡である。「逆賊源実朝を誅さんと欲す」の文字を見て、政子はわなわなと震えた。
 広間の出入り口近くに座していた侍に、
「急ぎ、義時を呼びなさい」

 名越邸の湯殿の裏には、薪や藁がびっしりと積まれている。
 中からは音がする。実朝が湯に入る音である。
 蝋燭に点いた火が揺れている。燭台を手にしている秀子の手が震えているからだ。
 今、この薪や藁の山に僅かでも炎の先が触れたならば、たちまちこの湯殿は火に包まれる。
 そして、秀子は地頭になれる。
 平家没落のためにさすらいの身となった日々。あの頃と比べれば、雲泥の差がある人生が待っている。
 誰の目にもつかない今、力も知恵も必要のない、ほんの小さな動作で自分の運命が変わる。
 しかし、その代償は:。
 が、秀子はこの時は、代償の恐ろしさを乗り越える勇気を持とうとしていた。
 その勇気を振り絞り、予定の動作を始めようとしていたその時。
 目の前に人が:。
 驚きの余りに落としそうになった燭台を辛くも支えた。
「小天狗さん」
小さな声が思わずに出た。
「今やろうとしたことをやめてくれ。やらないでくれ」
小天狗こと識之助は今にも泣きだしそうな声である。
「俺はあなたに非道なことはさせたくない」
が、秀子は言葉に窮している。
「俺はあなたが好きだったんだ。だからやめてくれ。思い出を壊さないでくれ」 (続く)


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畠山重忠283(作:菊池道人)

 すっかりお手の物である。識之助は築地にひらりと上ると、名越邸内に音もたてずに忍び込んだ。
 頃は閏七月十八日の宵。蟋蟀や鈴虫は驚いて鳴き声を止めはしたものの、それ以外は誰にも気づかれることはなかった。
 母屋から灯が漏れる。
 音もなく忍び寄った識之助の視界に男と女が二人ずつ。
 上座には北条時政、牧夫妻。その左脇に大岡時親、そして下座で北条夫妻に相対しているのはかつて識之助が思いを寄せていた秀子である。
 前栽の陰に隠れた識之助は固唾を飲んで耳を澄ます。
「なまじ武者など使えば、義朝どのを討った長田忠致のように名が残り、面倒なことになるからのう」
そう言いながら時政は傍らの時親に目配せをしてみせた。
 時親は声を低め、秀子に向かって、
「そなたがやったなどと信じる者はまずいない。しかも刃ではなく火を使うのじゃ」
「火ですか」
驚いたような秀子である。
 時親は深くうなずいた後で、
「明日、実朝どのはこちらに参られ、宵には湯浴みをされる手筈になっている。そなたは湯殿の裏手に積んである薪に火をかけるのだ。もちろん、不慮の事としておく。事が済めば、直ぐに火を消せるように手配しておく」
一瞬、秀子の顔がひきつる。
 時政は、
「事成った暁にはそなたを地頭に取り立てようと思うのじゃ。ほとぼりが冷めた頃にはなるが:」
この時代、女性が地頭になることは珍しくはない。例えば、結城朝光の母のことで、下野国寒河郡阿志土郷が任地である。
 牧も、
「そなたもこの私ももとは平家の方人。それが世に出るようになるのよ。こんな目出度いことはないでしょ」
庶民の娘が地頭にまで、という話は毒を覆う蜜のような味がする。
「今まであなたは使われの身。私も随分、あなたに辛く当たったりもしたけど、今度はあなたが人を使う身となれるのよ」
牧が言葉を継ぐ度に、蜜の甘さは増し、その下に隠された毒の恐ろしさが薄れていった。
 秀子はついに震える声ながらも、
「承知つかまつりました。仰せの通りに致します」
深々と頭を下げた。
 前栽の陰の識之助は戦慄を懸命にこらえていた。
 一度は惚れた女が恐るべき罪業を犯そうとしているのだ。しかし、今は見つからぬようにこの場を去らなければならない。
 四人が部屋を去るのを待って、足を忍ばせながら、築地を乗り越え外に出た。
 左近は識之助に二日程遅れて、鎌倉に着くことになっている。
 予定の日の昼頃、鶴岡八幡宮の鳥居前で待ち合わせである。
 順調ならばこの翌日のことだ。
 実朝暗殺はその宵に実行されることになっている。
 それを食い止めるための時は限られていた。
 翌日、日輪が真上に来る頃になっても、鳥居前には左近が来ない。
 彼が来るであろう方角とは反対側から、従者が曳く馬に跨った実朝が来た。
 まだあどけなさの残るその顔には心なしか不安げな色も感じられていた。(続く)

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畠山重忠282(作:菊池道人)

 五辻殿の寝所。
 夜更けに、後鳥羽上皇は目を覚ました。
 障子の外が異様に明るい。
火でも焚いているかのようだ。
「我が姿を見たまえ」
という声。
「何者ぞ」
「我が姿を見たまえ」
繰り返し呼ぶ声に、上皇は障子を開けた。
「あっ」
驚きの声を出したきり、上皇の声は途絶えた。
 中庭には馬二頭分くらいの大きさの大蛇がとぐろを巻いている。頭と尾が八つずつ。目は真っ赤である。物心つく頃から話には聞いていた八岐大蛇である。
治天の君よ」
八岐大蛇は語りかけるが、櫂を片手に盗賊追捕の指揮をとる程の豪胆もなりを潜めて、上皇はただ沈黙するばかりである。
「かの須佐之男命が我が尾を斬りとって、霊剣としたが、今は我が尾として戻っておる」
後鳥羽上皇は檀ノ浦に沈んだ三種の神器の一つである剣を懸命に捜索させるも、なかなか発見されないままであった。
「八つの頭、八つの尾を示す印として、人王八十代の後、八歳の安徳帝となって宝剣を取り戻したのだ」
あれほど上皇が所望した剣は大蛇の尾として元の鞘に戻った、というのである。
「されど、治天の君が東の賊を成敗し、その威光を示さんとの志と伝え聞き、参上した次第である」
上皇は目を大きくしている。
景行天皇は皇子たる日本武尊を征夷の将軍に任じた。件の霊剣を以て武勲を挙げたのであるが、近々、征夷大将軍となるべき者を我が前に呼び寄せ、逆徒追討の願文をしたためさせれば、引き換えに予てより所望の剣を進ぜよう。賊とそれを追討すべき将軍の名はしかと書き記すのじゃ」
そう言うなり、大蛇は消えた。
 漆黒の闇の中、汗をかき、肩で息をしている上皇が残された。

何事も科学で割り切るような現代ならば信じ難いことも、信じられていた時代である。
翌日、上皇平賀朝雅を呼び寄せて、前夜に見た出来事を話した。
朝雅もそれを信じ込んで、早速、実朝追討の願文をしたため、夜が来るのを待った。
 果たして、大蛇は前夜と同じ場所に現れた。
「武蔵守平賀朝雅、逆賊源実朝追討の願文を献ず」
身を固くしながら、書状を差し出すと、とぐろを巻いていた大蛇は八つの鎌首を一斉に上げたかと思うや、天へと上がっていく。尾の部分が光を放って、本体から切り離された。そして、それは一振りの剣となった。これこそが上皇が長年にわたり、望んでいたものである。
 大願が今、成就しようとしいるのだ。
 身を乗り出した上皇は夢中で剣を手にする。その瞬間、剣が放っていた光が消えた。朝雅も手にした燭台を近づけるが、その灯に映し出されたのは一本の棒切れであった。
 唖然とする上皇と朝雅の耳に、大蛇の声。
「いらぬ戦など起こさず、ひたすらに民を安んじよ」
何処にでも落ちていそうな棒切れを握りしめたまま、上皇は放心状態となっていた。

 「逆徒源実朝を誅さんと欲す」朝雅の署名入りの書状を手にした左近は、ほくそ笑みながら、東へと歩みを進める。「史記」や「三国志」などの中国の史書によれば、エジプトや西アジアでは幻術、奇術が盛んに行われていた。左近の母方の祖先たちが東へと伝えたものであるが、それを駆使して後鳥羽上皇平賀朝雅の謀略を暴き出したのであった。
(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

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畠山重忠281(作:菊池道人)

 黄昏の六角東洞院
 識之助は平賀朝雅邸に鋭い視線を注いでいる。日が暮れ切ったところで、邸内に忍び込み、この館の主を討つ。 そう意を固めていた。
 先の三日平氏の乱では、朝雅の軍勢に長滞陣ゆえの気の緩みが感じられたので、奇襲を建言するも却下された。結果的には、平家残党による反乱軍は鎮圧され、識之助は辛くも戦場を脱したのであったが、もし自分の策を用いてくれたならばという悔しさは如何ともし難い。
(こうなったのなら、生き延びた俺が朝雅を不意討ちにすれば良いのだ)
識之助は乾坤一擲の勝負に出ていた。
人通りもすっかり途絶えている。
(先ずは塀を乗り越えて)
と、その時である。
 背後からぐっと肩をつかむ者が:。平賀の郎党にでも気づかれたか、と一瞬思い、血の気が引くようであったが、
「待たぬか」
という聞き覚えのある声。
「師匠」
「やる前に俺の話を聞け」
袂を分かったのに何を今更、と識之助は思ったが、ここで言い争っていては感づかれる恐れがある。
識之助は左近の言う通りにせざるを得なかった。

 鴨川の畔まで来ると左近は、
「おぬしならそうするだろうと思っていた。朝雅を敵とするということでは俺も同じだ。しかし、今、殺す訳にはいかぬ」
「どういうことだ」
「あ奴の悪行を暴き切ってからにしたいのだ」
まだ合点がいかぬような表情の識之助だが、左近は、
「実は近々、院の達てのご発願により三条白河に寺が建立されるそうだ。最勝四天王院と名づけるとか:」
左近は静遍から密かに教えられた話を始める。
「どうもそれは調伏のためらしい」
「誰をだ」
「鎌倉の実朝公だ」
「それと朝雅とどういう関係があるのだ」
「朝雅を将軍とするつもりらしい」
「何?」
識之助もようやく関心を持ち始めたようだ。
「院も朝雅を大変お気に入りのご様子。鎌倉では北条が色々と動いているようだ。それが証拠に、去年の暮れから大岡時親が頻りと仁和寺や公卿の屋敷へ出入りしておった。かなり込み入った話のようだ。それに、おぬしも聞いていようが、重忠が殺された。これとも関係があるようだ。ここで朝雅を殺してしまったのでは、真相は闇に葬られてしまう。どうせならば、一人でも多く、関わった輩を道連れにしてやろうではないか」
 識之助は深くうなずいたが、
「師匠は源氏だの平家だのと張り合うことも政をどうこうするとかにも気が乗らぬと言われたではないか。それを今になって:」
「無論、誰が政を意のままにしようが俺の知ったことではない。しかし、知らぬ間柄ではなかった重忠がああいう死に方をしたというのであれば黙っている訳にはいかぬ。理不尽をそのままにして良いはずがない」
「師匠、それならば俺は:」
 乗り気になってきた識之助に、
「先ずは鎌倉へ行き、北条時政が何をするつもりか探るのだ。時政邸ならおぬしも知っていよう。俺もここでの役目を終えたら、直ちに駆けつける。おぬしは鎌倉に着いてから二日後の午の刻頃に鶴岡八幡の鳥居前に来てくれ。それまでの話によってどうするかを考える」
「承知した」
識之助は夜にもかかわらず、走り出した。
それを見送った左近は星空に向かって、合掌する。
(重忠よ、俺はおぬしの仇を討つぞ) (続く)

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畠山重忠280(作:菊池道人)

 
 終章 左近山異聞

 山並を逆さに映す広沢池。
 蜩の声とともに、琵琶を弾いて調子をとりながらの歌声。
「仏は常にいませども うつつならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ」
 畔にて、歌い奏でているのは左近である。
 この歌を氏王丸という少年に教えてやった。狩の際、わざと水鳥を逃がしたことに仏の姿を見た。
 そのことが思い出されてくる。
「もし」
背後からの声に我に返る。声の主は静遍である。小脇に冊子を抱えていた。
「魂を込めて歌われておられるのう」
心のうちを見透かされたようである。が、すでに母についてのことを知っているこの僧には余計な取り繕いは無用である、という心境になっていた。今となっては、心中を吐露するしかない、と思った。左近にしては、珍しいことではあるが:。
畠山重忠という御家人が戦没したのはご存知かと」
「うむ」
静遍はうなずく。
「それがしとは縁のある者でござった」
そう言いながら、左近は脇に置いてあった袋から陶磁器の破片を取り出した。
「これは我が父、炎丸が奥州の金売り吉次に贈った品の片割れでござるが、先般の奥州攻めでこのような姿に。それがしは鎌倉方の先陣を勤めていた重忠を恨み、それ以来、遠ざかってしまっていた。しかし、御坊から母の話を聞いて、やたらと人を責め、背中を向けてしまいたがる己の性癖はよろしからずと省みて、近々、重忠と誼を取り戻すべく、東国へ下ろうと思っていた矢先に:。いや、昔のような仲には戻れずとも、せめて今ひとたび、語りあいたいと:」
左近は上を向きながら、こみあげてくるものをぐすりと飲み込む。
 静遍は、
「人を責めてしまうのは、ご貴殿には信ずる真があるからではござらぬか」
「いえ、そのような:」
「先ほど歌われていたように、暁にほのかに姿をお見せになる御仏のように、ご貴殿の真というものはそうやたらと人の目には見えるものではない。それはご貴殿が無理に隠そうとされているようにも思えるが:」
左近は無言のまま少し俯く。
「拙僧はこうした書物を手に入れたところでしてな」
静遍は先ほどから抱えていた冊子を見せる。表紙に「選択本願念仏集」という文字があった。
「これを書いた法然とかいう売僧が、悪行を重ねても、念仏さえ唱えれば極楽浄土へ往生出来るなどと世迷言をほざいているとかいうので、いつか論破してやろうと思っております」
 穏やかな静遍が語気を強める。
「だが、あの生臭めを慕う者は多い。特に民には慕われている。正直、そうしたところは羨ましいと思うのだが:」
後のことであるが、静遍は法然の「選択本願念仏集」に感銘を受けたことを機に浄土宗に改宗している。
「仏の道とは本来は迷える衆生に寄り添い、救うためにあるはずであるが」
何か胸に抱えているかのような静遍である。
法然のみならず、ご貴殿も羨ましい。つまらぬ世間のしがらみに縛られずに生きておられるからだ。拙僧は真言の道というしがらみに縛られているが、そもそも空海上人は今のような有様を望んでおられたか」
 静遍は辺りを気にしながら、
「実は近々、白河に新たなる寺を建立するという話がありましてな」
「それが何か」
不思議そうな表情になる左近の耳に静遍は口を近づけた。(続く)
 

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

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