「畠山重忠(三)」全館揃いました。。

豪族同士の争いを調停するなど、鎌倉政権の体制確立にも尽力する重忠。しかし、頼朝の死を境にして、御家人たちの力関係は大きく変化し、心ならずも新たな権力抗争に巻き込まれる。一方、袂を分かったはずの左近は:。武士としてのそして人間としてのあり方を…

「畠山重忠(三)」刊行しました。

後白河法皇の「毒を以て毒を制す」策謀は結局は騒乱を誘発するだけではないか、との疑問を抱いた傀儡子の左近は、平家側にある神器を奪還することで戦争終結させることを企てる。一方の重忠は武士の道理に基づく政を目指す頼朝に共感するも、弟である義経ま…

「畠山重忠(二)」刊行しました。

変革に対する受け止め方の違いから父と子が敵味方に分かれて:。木曽義仲との宇治川の戦い。平家の拠点である福原攻防戦。激動の嵐の中、重忠の重忠たるゆえんはどのように発揮されていくのか。 「畠山重忠(二)」 http:// https://bccks.jp/bcck/151394/info …

「畠山重忠」単行本化

皆様にご愛顧頂きました「畠山重忠」はこの度、単行本化しました。 畠山重忠(一) https://bccks.jp/bcck/151173/info 源平合戦、鎌倉幕府創業の時代を生き抜いた名将の生涯を綴り、日本人の倫理観の原点を問う!全四巻。一巻では、重忠の少年時代、青春期そし…

畠山重忠・後書き

ご高覧への御礼を兼ねて かつては鎌倉街道といわれた道がある。横浜市戸塚区内の筆者宅からさほど遠くない所にも通っている。日常的に歩く道でもある。 この物語の主人公・畠山重忠もあの日、この道を通って鎌倉に向かうはずであった。 あくまでも、この道を…

畠山重忠・主要参考文献

主要参考文献 ★史料「平家物語」「源平盛衰記」「源平闘諍録」「吾妻鏡」「玉葉」「義経記」「明月記」「鎌倉遺文」「梁塵秘抄」「愚管抄」「保暦間記」「御室相承記」「承久記」「百錬抄」「曽我物語」「法然上人絵伝」「武蔵七党系図」「伊乱記」「万川集…

畠山重忠287(作:菊池道人)<最終回>

さて、その後の話にもう少しだけ触れて、この物語を結びたいと思う。 先ず秀子であるが、一時は出世欲に目がくらみ、若い命を奪おうとしたことを懺悔して落飾、さる尼寺に入った。 識之助は郷里の伊賀服部にて、忍びの術をさらに極めた上で後進を導いていっ…

畠山重忠286(作:菊池道人)

御所内の一室で後鳥羽上皇と朝雅は碁を打っている。 時政の実朝暗殺の謀が失敗してしまったので、それへの対応についての話し合いを兼ねてであった。 「舅は重忠にしてやられました。我が身を投げ出して無実の証をたてた重忠に心を寄せる者が多く、それゆえ…

畠山重忠285(作:菊池道人)

(あなたが好きだった) 識之助の言葉で秀子は悪夢から覚めた。 蝋燭に点いた火にふうと息を吹きかけて消すと、燭台を下に捨てた。 識之助は秀子が今まで燭台を持っていた手をさっと握りしめると、目で語りかける。「これから逃げるのだ」 が、そこへ現れたの…

畠山重忠284(作:菊池道人)

やがて日は西に傾いていく。それでも姿を見せない左近に識之助は焦りを感じ始めていた。 日が落ちる頃には、実朝が入る湯殿に火がつけられる。かつての思い人が極悪を為す時が訪れるのだ。 いたたまれなくなった識之助は南の方角すなわち名越邸に向かって足…

畠山重忠283(作:菊池道人)

すっかりお手の物である。識之助は築地にひらりと上ると、名越邸内に音もたてずに忍び込んだ。 頃は閏七月十八日の宵。蟋蟀や鈴虫は驚いて鳴き声を止めはしたものの、それ以外は誰にも気づかれることはなかった。 母屋から灯が漏れる。 音もなく忍び寄った識…

畠山重忠282(作:菊池道人)

五辻殿の寝所。 夜更けに、後鳥羽上皇は目を覚ました。 障子の外が異様に明るい。 火でも焚いているかのようだ。「我が姿を見たまえ」 という声。「何者ぞ」「我が姿を見たまえ」 繰り返し呼ぶ声に、上皇は障子を開けた。「あっ」 驚きの声を出したきり、上…

畠山重忠281(作:菊池道人)

黄昏の六角東洞院。 識之助は平賀朝雅邸に鋭い視線を注いでいる。日が暮れ切ったところで、邸内に忍び込み、この館の主を討つ。 そう意を固めていた。 先の三日平氏の乱では、朝雅の軍勢に長滞陣ゆえの気の緩みが感じられたので、奇襲を建言するも却下された…

畠山重忠280(作:菊池道人)

終章 左近山異聞 山並を逆さに映す広沢池。 蜩の声とともに、琵琶を弾いて調子をとりながらの歌声。「仏は常にいませども うつつならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ」 畔にて、歌い奏でているのは左近である。 この歌を氏王丸という…

畠山重忠279(作:菊池道人)

翌二十三日の未の刻(午後二時頃)に鎌倉に戻った義時は、関戸から引き上げて来た三浦義村とともに、大倉館にて、時政に前日の重忠討伐を報告した。 重忠主従は僅か百数十人であったこと、味方は一万を超える大軍であったにもかかわらず、午の刻(正午前後)…

畠山重忠278(作:菊池道人)

鎌倉へ行く道は二俣川の南側に聳える岡を越える。そこを通るはずの敵に備えていた下河辺行平の心は揺れていた。 重忠主従が僅か百数十名。しかも次々に倒され、林が多いこともあり、今や将たる重忠の姿を見つけるのも困難なくらいである。それくらい少ない人…

畠山重忠277(作:菊池道人)

視界に川が入ってきた。 義時の本陣はこの川を越えたところであろうか。 (貴殿を信じておるぞ) 比企一族との対立が深刻化していた頃、義時に向かって言った自身の言葉が思い出された。(だが、義時どのは俺を信じ切ることはなかった。信じ続けていた俺が馬鹿…

畠山重忠276(作:菊池道人)

重秀は飽間太郎と激しく太刀をぶつけ合ったが、勝負はつかずに組み合いとなる。双方とも馬から転がり落ち、互いに上になり、下になりを繰り返す。 近常はいきなり鶴見平次に額を斬られたが、二の太刀は鍔元でしっかりと受け止めた。 そこへ月虎に跨った重忠…

畠山重忠275(作:菊池道人)

眉間にやや皺を寄せながらも、眦をしっかりと上げている重忠。 すでにいささかの動揺も感じられなかった。「父上」 重秀が馬を前に進めながら、「父上はいつか謀反の風聞あるはむしろ武士にとっては誉れとおっしゃいましたね」 「そうだ」「然らば、我らが謀…

畠山重忠274(作:菊池道人)

雲の見えぬ空から照りつける日差し。 重忠は汗をにじませながら、月虎を歩ませている。武蔵国鶴ヶ峰(横浜市旭区内) 。坂は多いが、相模との国境はもうすぐである。二十二日のうちには鎌倉に着くはずであった。 それにしても、菅谷館を出立する時の三日月の悲…

畠山重忠273(作:菊池道人)

二十二日の寅の刻(午前四時頃)。「謀反人だっ、由比ヶ浜の方だぞ」 外からの声で重保は目を覚ました。 物心つくかつかぬうちに仕込まれた武士の習性で、素早く飛び起きるや、刀を手にして、外へ飛び出した。 単身でも現場に駆けつけんとの意気である。宿直の…

畠山重忠272(作:菊池道人)

六月二十一日になって、時政は義時とその弟である時房を名越邸に呼び寄せ、初めて重忠に謀反の疑いがあることを告げた。 稲毛重成からの報告によるということも強調した。「これまで誠を尽くして励んで来た者が何ゆえに謀反を起こすとお考えですか」 納得し…

畠山重忠271(作:菊池道人)

重忠に謀反の気配あるゆえ、備えあるべしとの触れは時政から密やかに御家人たちに伝えられていった。 結城朝光や下河辺行平のように謀反の噂に懐疑的な者たちばかりではない。 むしろ、重忠は北条に反感を持っているので、そうしたことも無きにしも非ず、と…

畠山重忠270(作:菊池道人)

いつしか梅雨が明けたかのような濃い青空を海原が映している。 下河辺行平と結城朝光が稲村ケ崎の浜辺で馬を走らせていた。「少し休ませるか」 行平が言って、二人は馬の脚を止めさせた。「それにしても、武蔵での話は:」 馬から降りながら、朝光が呟く。重…

畠山重忠269(作:菊池道人)

夕方になって、時政が状況確認のために大倉館に遣わした郎党が戻って来た。 長い間蟄居していた稲毛重成が従者を連れて鎌倉に来たので、これは余程の事態が起こったのであろうと、人々が噂したため、とるものもとりあえず、武士たちが集まったのであると言う…

畠山重忠268(作:菊池道人)

久方ぶりの鎌倉である。亡き妻の供養のために相模川に架けられた橋の落慶の帰りに頼朝が病に倒れ、そのことに対する申し訳なさ、というよりは世間の目を気にして、稲毛重成は本拠地の武蔵国稲毛荘(川崎市北部)に蟄居していた。 その重成が北条時政に招かれ…

畠山重忠267(作:菊池道人)

時政は密かに三浦義村を自邸に呼び、二人きりでの会談の席を設けた。 珍しいことである。 義村は義時とは世代的にも近いこともあり、酒を酌み交わしながら語り合うことがよくあったが、その父からわざわざ呼ばれるということはあまりなかった。 一体、どうい…

畠山重忠266(作:菊池道人)

いささか春めいた日差しが菅谷館の厩に差し込む。 齢三十になる三日月がけだるそうな眼差しをしている。馬の寿命は大体、二十数年であるから、長生きである。 今は牧に放たれても、若い馬たちからはぐれて、所在なさそうにしている。隻眼となった鬼栗毛など…

畠山重忠265(作:菊池道人)

正月早々、京の大岡時親から届いた書状を読み終えた時政は、ひとつ肩で息をしてみせる。 書状の内容は、後鳥羽上皇が鎌倉討伐を望んでいて、それを阻止するためには、上皇のお気に入りの朝雅を将軍とするしかないということ。もしそれを実現するならば、朝廷…

畠山重忠264(作:菊池道人)

翌日も続けられた笠懸を終え、汗をぬぐいながら、後鳥羽上皇は、「どうじゃ、京と鎌倉とその方にはどちらが良いかのう」 子供じみた二者択一の質問ではあるが、朝雅にはこれからも長く京に居て欲しいというようにもとれた。そして、近頃、近臣たちが声を潜め…