畠山重忠263(作:菊池道人)

第二十六章 我が心正しければ:。

 仁和寺を辞去した時親が夕刻、再度、六角東洞院の朝雅邸を訪ねてみると、屋敷の主は門前まで戻っていた。
「お疲れのところを申し訳ござらぬが」
憔悴したような感じのする朝雅に時親がやや遠慮がちな言葉を前置きするが、朝雅にとっては気の置けない客人である。
「いや、丁度よい頃であった」
朝雅も決して社交辞令ではないようである。
「それにしても寒い」
などの言葉を交わしながら、奥へと上がる。
 蝋燭を灯し、酒肴が揃ったところで、、
「いや、どうも困ったことになりそうだ」
朝雅はやや顔をしかめている。
「院の御心がどうも読めぬ」
「如何致したか」
朝雅は、
「ここだけの話であるが:。院は鎌倉へ兵を進めるご存念があるやもしれぬ」
声を潜めての朝雅の話に時親も驚きの色を浮かべる。
「いや、無論、それがしにははっきりとそう言う話をされたわけではない。本日もただひたすらに笠懸に励んでおられたのだが、どうもそれが含む所あってのことのようだ。近々、北面のみならず西面にも武士をとお考えになられているのも、鎌倉へとのことからと噂する方々もおられるのだ」
かつては平清盛や佐藤義清こと後の西行それに遠藤盛遠こと後の文覚らもいたことで知られる従来の北面の武士に加え、西面の武士の設置すなわち院の直属軍の強化も考えていることなどが近臣たちの間で不穏な憶測を呼んでいるということであった。
時親は、
「ううむ」
と唸り、少し沈黙した後で、
「しかし、朝雅どのは院にはたいそうお気に入られているではないか」
上皇は有事に備え、朝雅を味方に取り込もうとしているようにも思える。
「しからば、先手を打って貴殿が征夷大将軍となられるのは如何であろう。貴殿が鎌倉を上皇様の御意に叶うように致せば、何も好き好んで戦などなさることもなかろう。いや、実はこの話は時政どののたってのご存念で、こちらへ参上したのもそのためなのだが:」
「:」
余りにも大胆な時親の言い方に、さすがに、朝雅も狼狽したようである。
「本日、仁和寺にも赴いて、門跡どのにも挨拶申し上げた。先の謀反鎮圧の折りには、武運長久の祈祷をして頂いた礼も兼ねてなのだが、いずれまたご助力頂くようなこともあるかと」
一転して、時親は回りくどい言い方をしている。
が、朝雅はその意図するところに気づいていた。
実朝を呪殺してまで朝雅を将軍の位に就かせようという時政の恐ろしい執念に背筋が寒くなるようであったが、時親は、
「如何であろうか。これこそ朝廷と鎌倉との和合という大義に叶うものではござらぬか」
時親としては、院と親しい者を武家の棟梁とすることで、朝廷との戦を避け、鎌倉政権の安寧を図りたいようである。 時親はわざとゆったりとした口調で、
「時政どのにおかれても、色々と苦労をされてきたことであるしな。それを無にしてしまうわけにはいかぬからのう」
朝雅は謀略のおぞましさにおののきながらも権力の誘惑に惹かれていた。 (続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

 

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