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畠山重忠265(作:菊池道人)

 正月早々、京の大岡時親から届いた書状を読み終えた時政は、ひとつ肩で息をしてみせる。
書状の内容は、後鳥羽上皇が鎌倉討伐を望んでいて、それを阻止するためには、上皇のお気に入りの朝雅を将軍とするしかないということ。もしそれを実現するならば、朝廷との妥協も余儀なくされること。実朝に忠実な御家人を極力排除すべきこと。そして、その対象者として畠山父子の具体名も明記されていた。 
 時政の野望は上皇によって背中を押された形になった。
 しかし、事は着実になおかつ手順良く進めなければならない。
どれか順序を違えても、目論みは水泡に帰してしまいかねない。
(先ずは武蔵から手をつけるか)
重忠の存在は、集権化を目指す時政にはすでに邪魔なものとなりつつあったが、その子の重保は実朝を侮辱されたということで朝雅と口論までしている。
 重忠は頼朝から我が子らを護るようにとの遺言を受けている。比企一族との戦いでは、頼朝の子である頼家を結果的に敵としてまで北条に味方したが、律儀な重忠のことである。せめて実朝だけはとの思いも持っているに相違ない。
実朝を廃するには、畠山父子は是が非でも滅ぼしてしまわなければならない、と思った。
しかし、そのための足かせになるのは我が子の義時である。
 重忠とは親しくしているがゆえに、反対するであろうことは火を見るよりも明らかである。
それに加えて、京の朝廷に対しても、親子間で温度差がある。
 時政は過去に二度、京に滞在している。
 一度目はまだ平家が覇権を握っていた頃に大番役としてである。
 その間に平家の家人であった牧宗親とも昵懇になり、その娘である牧を後妻に迎えたが、義時の方は三浦一族ら反平家側の豪族たちと交わりを結び、変革の志について語り合っていた。
 そして、その義時らの情熱と娘の政子の恋に引きずられる形で、時政は頼朝の挙兵に加わった。
 二度目の上洛は、平家滅亡後、頼朝の名代としてであり、後白河法皇に迫って、諸国の軍事・警察権を鎌倉に認めさせた。その一方で、時政は朝廷の官人たちとも友好的な関係を築くことも出来た。
 宗親の子である時親の人脈も含め、朝廷側とも協調しながら、鎌倉の権益を確保する自信もあるが、果たして、東国の豪族たちとつながりの深い義時がどこまで妥協するのか。
 何しろ、三浦など多くの豪族たちは東国に新たなる政をとの願いで頼朝を棟梁と仰いだ。もし朝雅が将軍となり、院の顔色をうかがうような政をすれば、それに不満を持つようになるのではないか。 そこまで考えると、そうたやすくは朝雅擁立には動き出せない。
そうしたことにも頭を巡らせ、躊躇の念すら鎌首をもたげだした時政が自室から廊下に出ると、牧が喜々とした表情で、
「朝雅どのから便りが来ました」
「そなたにもか」
時政にはやや意外な感もしたが、
「はい。とうとうあの武蔵の男を倒す決意を」
時政は余計なことを、というように顔をしかめると、
「大きな声を出すのではないぞ。そのことならわしも承知しておる」
 たしなめながらも時政は、この瞬間、後戻りはできない、と直感した。
「良いか。このことはさしあたっては義時や政子にも話してはならぬ。わしは必ず婿殿の言う通りにするゆえ、もらった書状は焼き捨てるのだぞ」
「はい」
牧も時政の決意を察して、素直に返事した。
 最終的には朝雅や時親の策を取り入れてのことだが、目の前にいる妻の我が儘に振り回されたことも要因であることは間違いない。
そう思うと、後ろめたさは感じなくもないが、
(これも上皇の魔手から鎌倉を護るためにはやむを得ぬ事なのだ)
公的な理由付けで正当化しようとしている時政であった。 (続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

 

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