畠山重忠269(作:菊池道人)
夕方になって、時政が状況確認のために大倉館に遣わした郎党が戻って来た。
長い間蟄居していた稲毛重成が従者を連れて鎌倉に来たので、これは余程の事態が起こったのであろうと、人々が噂したため、とるものもとりあえず、武士たちが集まったのであると言う。
鎌倉屋敷で御家人たちの留守を預かる郎党たちの中には、早々と国元の主に報せた者もいるので、しばらくは騒ぎは続くであろうが、それもいずれ真相がわかれば収まりそうだということであった。
「これはとんだ事をしてしまいましたな」
重成は済まなさそうな表情をしてみせる。
「いや、そもそもこのわしが招いたのだ」
時政は苦笑いを浮かべる。
義村はしばらく考え込んでいるような表情をした後で、
「しかし、噂というものは恐ろしいものですな。ないはずの謀反がさも起こるかのように:。これを利用しないという手はございますまい」
すると、時政は目をぎょろりとさせて、
「そうか。噂というものを作り出してしまえば良い。後は噂が噂でなくなるように致せば:」
重成も、
「さすれば、できるだけ口の軽い者を使い:」
謀議は弾むように進展していった。
小天狗こと識之助が姿を見せなくなって以来、秀子が贔屓にしている中年の水売りがいる。
とはいっても、識之助に対するような男性としての関心はない。それでも、武蔵国江戸の出身で、国元には年老いた母親がいるということは聞いていた。
その水売りが例によって名越近くまで来た時、秀子はそっとささやく。
「武蔵で謀反が起こるそうだよ」
「そうですか」
やや狼狽したような表情になる。
「念のため、国元の母上にも知らせた方が」
「はい。ありがとうございます」
今にも故郷に帰りたそうな表情をしながら、天秤から柄杓で桶に水を入れる水売りに秀子は謀反の主が畠山重忠らしいことも付け加えた。
この水売りの故郷は同じ秩父一族の江戸忠重の本拠地である。
秀子は虚言を吐く後ろめたさが北条家への忠節心と自身の功名心のために麻痺しかかっていた。 (続く)
作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm
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