畠山重忠270(作:菊池道人)

 いつしか梅雨が明けたかのような濃い青空を海原が映している。
 下河辺行平と結城朝光が稲村ケ崎の浜辺で馬を走らせていた。
「少し休ませるか」
行平が言って、二人は馬の脚を止めさせた。
「それにしても、武蔵での話は:」
馬から降りながら、朝光が呟く。重忠に謀反の噂があることである。確かな情報はまだ把握していないが、それだけに不安の方が先行していた。
「我々下総の人間には武蔵のことはよくわからぬし、時政どのが児玉党を意のままにしていることを根に持っているとも言われているが、重忠どのは我を張り通す男ではない」
幼少の頃から知っている行平の率直な感想である。以前にも同様なことがあった際には、行平、朝光ともに重忠を弁護しているだけに、にわかには信じられぬことである。
 朝光は、
「唯一心当たりがあるとすれば、先般、将軍家ご内室をお迎えする折、都にて平賀どのと重保どのが言い合いになったことだ。それがしもその場に居合わせたが、重保どのは将軍家を侮辱されたことをいたく憤っていた。重忠どのも頼朝公より、将軍家をお護り申し上げるよう遺言されているからには:」
こう言ってから朝光は声を潜めた。周囲に人はいないが:。
「近頃の北条どのは頼家どのばかりか実朝公をもないがしろにしているような感もなきにしもあらずだな」
行平は、
「藤原摂関家はかつては伴大納言(伴善男)どのや菅右大臣(菅原道真)どのを次々と粛清していった。藤家は帝、北条どのは鎌倉殿の外戚
応天門の変や道真左遷など行平は藤原氏による他氏排斥の例を挙げながら、今後を予想していた。それは抗い難い流れでもあった。
行平は一度、唇を噛みしめてから、
「政というものは兎角、力と欲によって動きがちなもの」
「あの折のようにまた重忠どのの疑いが晴れれば良いが」
朝光は祈るような口調である。重忠とは、偶然ではあるが、ここまではお互いの謀反疑惑を弁護しあった相互扶助的な間柄となっている。
行平は腕組みをしながら、天を見上げ、
「あれは頼朝公がまだいらっしゃた頃のことであったな」
頼朝がいたからこそ、重忠への疑惑が解消された、と行平は言いたげである。今でも友の無実が証明されることを願う気持ちに変わりはないが、政治的な力関係の変化という現実から目をそむけることはできない。
 頼朝を崇拝するあまり、「二君に仕えず」発言で難を被った朝光も、真に頼れる人がいないことを再認識せざるを得なかった。
 この二人が抱いたような疑念や違和感というものは、時に大きな流れに押し流されて、見過ごされてしまうということはありがちなことなのである。
 
同じ頃、名越の北条邸では時政、義村、重成による謀議が着々と進行していた。
「弟の重清は信濃、重宗は陸奥に赴き、手薄になっている。まずは重保を誘い出す方がよろしかろうと」
重成の頭はこれまでにないくらいに冴えている。重忠らを葬り去れば、自分が秩父一族の惣領に取り立てられるとの野心によるものである。
「しからば、重忠謀反は重成どのの知らせによるものとしよう。牧からの話では、義時の奴が納得しないであろうからな」
継母との不和や重忠との親交を考え、義時にはまだ策謀を漏らしてはいなかった。
(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

 

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