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畠山重忠271(作:菊池道人)

 重忠に謀反の気配あるゆえ、備えあるべしとの触れは時政から密やかに御家人たちに伝えられていった。
 結城朝光や下河辺行平のように謀反の噂に懐疑的な者たちばかりではない。
 むしろ、重忠は北条に反感を持っているので、そうしたことも無きにしも非ず、と受け止めている者も少なくはなかった。
江戸、葛西、河越など重忠と同じ秩父一族の者たちにも触れは届いたが、重忠に注進する者はいなかった。
 北条が実権を握る鎌倉政権の意向に従うことが生き残りのための基本的な手段であるとの認識が定着しつつあり、まして、武蔵の豪族たちは時政に対して二心を抱かぬという誓いを立てたからには、敢えて重忠に味方しようと考える者はほとんどいない。
 勇猛を謳われる坂東武者といえども、長いものに巻かれざるを得ないということに関しては決して例外ではなかった。
 世間の枠組みに組み込まれてしまえば、そこから一人もしくは少人数で抜け出してまで、異議申し立てすることは容易ではない。
 それが人の世の悲しさなのである。
 情報面でも孤立した畠山家関係者。房子と柏原太郎ら十数名の郎党たちが留守を預かる鎌倉屋敷にも、着々と包囲網に取り囲まれていることが知らされない。
 ただ、他家の郎党たちが近頃よそよそしい態度をとっていると感じている者が数名いるくらいである。
 
 まして、菅谷館では夢にも知らぬことである。
 四月の初旬に菅谷に戻った重忠は、鎌倉に騒擾ありとの噂を耳に入れるも、すぐにそれが稲毛重成の不意の訪問が誤解されたことだとわかり、そのままとどまっていた。
 その後は、領内での水利を巡る争いの調停に忙殺されていた。
収拾の目途が立ったのは六月に入ってからである。
(そろそろ鎌倉に行かねば)
そう思っていた矢先、重保に重成からの書状が届いた。
 重忠自身がそりが合わないため、音信も途絶えがちな重成から重保へとは意外な感じがしたが、その内容は、近々、時政の名代として上洛するので、都のことなど教えて欲しいというのである。
 すでに二度、上洛している時政から直接、指導を受ければ良いはずなので、わざわざ重保を呼ぶこともないのにと不可思議な気もしたが、やはり同族の誼は大切にしなければならないか、と思い直した。
「重忠も数日のうちに来ると伝えてくれ」
そう言づけて、重保を送り出した。
 
 六月十九日、重忠は息子の重秀に成清、近常らを伴い、菅谷館を出立する。
 厩から月虎という四歳の栗毛を引き出していると、隣にいた三日月がしきりに喘ぐような鼻息を:。鋭く息を吸い込んでいる。不安がっている様子である。
「戦ではないぞ。安心致せ」
重忠が鼻面をなでてやると、鼻息はいったんは収まったが、いつになく瞳は悲しそうである。
後ろ髪をひかれる思いであったが、重忠は三日月に背を向け、月虎を引いて、表門へと歩んだ。
「よし、行くぞ」
待機していた重秀らに声をかけると、重忠はひらりと月虎に飛び乗る。
外へと歩みを進めた時、後方から甲高い嘶き。
 三日月の声である。
 重忠は胸騒ぎを禁じ得なかった。

 重忠が出発した後も、三日月は鼻息と嘶きを繰り返していたが、夜中、舎人たちが寝ている隙に、老馬とは思えぬくらいの勢いで厩を飛び出すと、重忠が向かったのと同じ方向に走り出した。(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

 

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