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畠山重忠274(作:菊池道人)

 雲の見えぬ空から照りつける日差し。
 重忠は汗をにじませながら、月虎を歩ませている。武蔵国鶴ヶ峰(横浜市旭区内) 。坂は多いが、相模との国境はもうすぐである。二十二日のうちには鎌倉に着くはずであった。
 それにしても、菅谷館を出立する時の三日月の悲しげな瞳はなかなか脳裏から離れない。すでに鎌倉へ連れて行くのは無理と思えるくらいに足は衰えている。
 齢三十という稀なる高齢ゆえ、最期が遠くないことを察しているのであろうか。
 もしや、次に菅谷に戻った時には、もういないのか。
 仮定のこととはいえ、悲しみに胸を締めつけられる。
 そして、三日月とともにした日々の記憶が鮮明に蘇る。
 初めて上洛した時のこと。宇治川の戦い、そして背に負って下った福原の鵯越
 三日月の記憶はそのまま重忠の人生と重なっていた。
 こみあげてくるものを抑え込むかのように重忠は鼻で息を吸い込み、上を向く。
 真夏の日輪が真上にあった。
 と、その時、重忠と並んで馬を歩ませていた本田近常の、
「おお」
という声。
 馬蹄の音が聞こえる。
 前方から馬を走らせて来るのは柏原太郎。鎌倉屋敷で留守を守っているはずであるが、何ゆえに今、ここに:。
 すぐ近くまで来て、柏原は馬を止めた。
 顔には返り血も:。
 重忠の胸は激しく騒ぐ。
「申し上げます。本日早朝、重保どの、謀反人の濡れ衣を着せられ、三浦義村どの配下の者に討ち果たされました」
 重忠は声を出せない。
「鎌倉屋敷で留守の者たちもことごとく討たれ、奥方様(房子)は尼御台様に預けられた由にございます。そして:」
信じ難い話はまだ続く。
「義時どのを総大将に鎌倉の御家人は挙ってこちらに向かっております」
「この俺を成敗するというのか」
抑えたつもりでも、重忠の声は荒くなる。
「いかにも。殿にも謀反の志あり、と。敵は幾万か知れません」
柏原の声は今にも泣きそうになる。
返り血と至る所が斬り裂かれた狩衣は辛うじて敵の囲みを破って来たことを物語っている。
「大儀であった」
重忠はやっとの思いで労いの言葉を発した。
 成清が言う。
「敵は数万にも及ぶかと。しかし、こちらは百三十四人。ここは速やかに菅谷に引き返し、態勢を整えた上で迎え撃つべきかと存じます」
 近常も、
「一刻の猶予もございませんが、敵は大軍なれば歩みは遅いはず。引き返すならば、数の少ない我らの方が有利なはずです」
が、重忠は徐に首を横に振ってみせると、
「その方らの申し分、軍略としてはもっともだ。しかし、折角だが、人の道にはそぐわぬ」
「なぜでしょうか」
近常は訝しがるが、
「敵は我らを謀反人として処断する所存であるはず。もし、菅谷に引き返し、互角に戦えば、まさに敵の思う壺。敵の嘘が真となってしまうのだ。現に、以前、梶原景時どのは最期に当たり、なまじ、館から逃れようとしたために、謀反の企てありと思われてしまったではないか」
成清は、
「では、このまま、敵に向かうと仰せなのでしょうか」
「その通りだ」 (続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

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