畠山重忠276(作:菊池道人)

 重秀は飽間太郎と激しく太刀をぶつけ合ったが、勝負はつかずに組み合いとなる。双方とも馬から転がり落ち、互いに上になり、下になりを繰り返す。
 近常はいきなり鶴見平次に額を斬られたが、二の太刀は鍔元でしっかりと受け止めた。
 そこへ月虎に跨った重忠が近づいてきたが、近常は額から鼻の上に血をしたたらせながらも、
「殿っ、前へ。我らにはお構いなく」
我が子も苦楽を共にした郎党も見捨てるのは後ろ髪引かれる思いではあるが、敵を倒すのが目的ではなく、鎌倉に駆けつけ、謀反が無実であることを明らかにすることこそが本懐なのだ。
「父上、重保が待っていますぞ。早く」
敵に組み敷かれながらも、重秀も叫んだ。
 重忠は足で月虎の腹をぽんと叩いた。
月虎は小走りに走り出す。
林の中の人がすれ違える程度の道を走ったが、すぐに前方から騎馬武者が現れた。
畠山重忠どのとお見受け致した。安達殿が郎党、加治次郎家季、謀反人を成敗致す」
太刀を右肩上に振り上げる。
 が、重忠は太刀を鞘に収めていた。戦闘は本意に非ざることを表するためである。
「謀反人とは異なことを。この重忠、平素の通りに鎌倉に参上致す所存ぞ。将軍家の御恩に報いんとする者を妨げるとはその方こそ不忠の極みであろう。そこを退くのだ。ただしこの重忠を生け捕りにして、義時どのの面前に連れて行くというのであれば別だ。一言物申したきことがあるからな」
「弁解無用っ」
家季は上段から重忠に斬りかかってくる。
重忠は少し上体を右横にずらして切っ先をかわすと、左の手で家季の手首をぐいと掴んだ。それから右手で腰の短刀を抜くと、家季の鎧の隙間から胸を突く。
家季は馬から仰向けに落ちた。
 重忠は再び、月虎の腹を叩くと、振り返らずに、前へ進めた。

成清は単騎、結城朝光の面前に現れた。
「榛沢六郎成清、結城どのに物申す。先年、わが主が謀反の嫌疑を受けた際には、かたじけなくもご貴殿には弁護頂いた。その恩に報いるべく、わが主は、貴殿を讒訴致した梶原どの糾弾の書状に署名致した。にもかかわらず、此度は不埒者の讒言を鵜呑みに致し、わが主の忠勤を妨げんとされるは如何なる所存であらせられるか。尋常にお答えくだされ」
渾身の力を振り絞り、喉も裂けんばかりの声である。
「お答えくだされ」
そこへ矢が三本。が、成清はそれを避けようともしない。肩、左腕、そして胸に突き刺さった。
「わが主に謀反の志はなし」
うめくような声で前のめりに馬から転がり落ちた。幼少時代からの重忠を知る男の最期である。
 それを見ていた朝光は頭の上から血の気が引くような思いがした。
 もしや重忠の謀反というのは虚言ではないのか。
 そうした疑念によって、身は金縛りにあったようになった。

朝光ばかりではない。この追討軍に加わった兵の多くは、まったくの旅姿である重忠主従の姿を目にして、戦う意思はなかったのではという疑問を抱き始めていた。
 戦いは昼頃から始まったのであるが、日が西に傾いても、数万の大軍は百三十四人を全滅させることはできない。疑念と後ろめたさに戦意が萎えていたからである。
 それでもこれを機に武名を挙げんとする者は、重忠主従に襲いかかる。
 近常も討ち取られ、重秀は組み敷いた敵を足で蹴り、短刀で刺したが、すぐに別の敵に背後から肩を斬られ、戦闘不能の重傷を負った。
 しかし、重忠は迫り来る敵を薙ぎ倒しつつ、単騎、義時のいる本陣に近づきつつあった。
(続く)


作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

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