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畠山重忠278(作:菊池道人)

 鎌倉へ行く道は二俣川の南側に聳える岡を越える。そこを通るはずの敵に備えていた下河辺行平の心は揺れていた。
 重忠主従が僅か百数十名。しかも次々に倒され、林が多いこともあり、今や将たる重忠の姿を見つけるのも困難なくらいである。それくらい少ない人数であるという話が漏れ聞こえてきたことで、謀反の意ありとは虚言ではないかという疑念が強まってきたのである。
 以前に梶原景時が風聞を頼朝に耳に入れた時、重忠とは幼少の頃から親しんでいる自身が審問の使者に選ばれたのに、今回はそうしたことは一切しないということも腑に落ちなかった。
(今からでも、本陣の義時どのに一言、申し上げるべきか)
そう考えだしたところへ、馬蹄の音が聞こえる。
 愛甲季隆が来た。行平とは弓術で鎌倉御家人内の一、二を争った間柄である。
「敵はおそらく北へ逃げるはず。前へ進もうではないか」
 そう呼びかける季隆に、行平は、
「本当に重忠どのは謀反を起こされるおつもりなのか」
が、ひたすらに功名心に燃え盛る季隆は、
「この期に及んで何を」
そう言うと、再び馬を走らせた。
「愛甲どの、待たれよ」
行平が叫んだが、季隆は振り向かなかった。
 
 緩やかな坂を下り切った季隆は前方から馬に乗って来る重忠の姿を認めた。丁度、川を越え切ったところである。
 単騎で前進してくるのは意外に思ったが、それを疑問とするには余りにも気持ちが逸り過ぎていた。今こそ、とばかりに弓に矢をつがえ、狙いを定めた。そして、放った。
 矢は重忠の胸のほぼ真ん中に当たった。三日月から転がり落ちた重忠は、これまでに体験したことのない激痛に己の人生の終焉を悟ったが、それでも、箙からこぼれ落ちた矢を手にして、渾身の力で起き上がる。
跪いた姿勢のままで、矢を地面に突き刺した。
「我が心、正しければ:」
その後の言葉は続くことなく、前のめりに倒れた。
元久二年(1205) 六月二十二日。享年四十二歳であった。

 重忠の首級を上げるために近づいて来た愛甲季隆に対して、三日月はその乗り馬に体当たりを食らわした。
「畜生の分際で:」
危うく落ちそうになった季隆は態勢を立て直してから刀を抜いて、三日月の脇腹に切っ先を走らせる。
 三日月は苦しそうに嘶いたが、次の瞬間には走り出した。
 主の重忠が向かおうとしていた方角にである。
 血をしたたらせながらも、三日月は走り続け、義時が待機している本陣に駆け込んだ。
 慌てて取り押さえようとして近寄って来る兵たちを足蹴にしながら、三日月は陣の中央で床机に腰かけている義時に近づいてきた。
 義時は思わず立ち上がった。
 この馬に見覚えがある。
 重忠がよく乗っていた馬だ。
 鵯越で背に負った馬であるということもすでに知っていた。
年老いたので、菅谷館に繋いだままであるということも雑談程度に聞いたことがあったが、その馬がなぜ:。
 三日月は呆然と立ち尽くす義時の前でようやく立ち止まると、がくりと倒れた。義時は思わず駆け寄る。
 何かを訴えるかのように瞳を見開いたまま、三日月は息を引き取った。
畠山重忠どのを相模の住人、愛甲季隆が討ち取ったり」
その声が聞こえると、義時は身が凍りつくような気がした。
 真夏の夕日は執拗な暑さを残しているのにもかかわらず:。(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

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