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畠山重忠285(作:菊池道人)

(あなたが好きだった)
 識之助の言葉で秀子は悪夢から覚めた。
 蝋燭に点いた火にふうと息を吹きかけて消すと、燭台を下に捨てた。
 識之助は秀子が今まで燭台を持っていた手をさっと握りしめると、目で語りかける。
「これから逃げるのだ」
が、そこへ現れたのは牧とその兄の時親である。
 識之助の後ろへ逃れる秀子。識之助も半身に構えた。
「秀子、おまえは裏切るつもりか」
牧が声を上げたその時である。
「時親どの、いつぞやは無礼を致し申した」
双方の間に左近が現れた。
「突然で恐縮でごさるが、妹に会いに来たのでござる」
秀子は驚いた表情だが、声は出ない。時親から腹違いの兄についての話は聞いたが、まさか、このような日に会うとは:。
 そして、さらに秀子が驚いたのは、以前に義仲の兵に襲われたところを助けた男が兄であったことである。
「妹が大変お世話になっておりますこと、厚く御礼申し上げる次第でござる」
左近は今、ここで起きようとした出来事など全く素知らぬ振りで、牧と時親に頭を下げる。礼を言われた二人は呆気にとられている。
 そこへ、
「さあ、お上がりください」
湯殿の中から聞こえたのは義時の声。実朝を迎えに来たのであった。

 実朝を救出した義時は、政子から受け取った書状を時政の前に出した。左近がもたらしたものである。
 書状を広げた時政の手がわなわなと震えだした。
「知らぬぞ。婿殿はどのように思っているか知らぬが、わしはひたすらに実朝公を:」
しらばくれようとする父を義時はそれ以上は追及せずに、
「父上の忠節の念は信じて疑いませぬ」
そこへ馬の嘶く声と大勢の人々の足音。
 時政がすっくと立ちあがる。
 表へ出ると、甲冑に身を固めた兵たちがずらりと立ち並んでいる。
 長沼宗政、結城朝光、それに重忠が無実であることが知れ渡って以来、時政の形勢不利とみて、機敏に節操を変えた三浦義村の軍勢である。
 皆、無言のままに時政を睨んでいる。
 時政も威厳を取り繕うかのように兵たちを睨み返すが、その顔は蒼白で、口元もぴくぴくとしている。
そこへ義時も出て来て、
「父上、ご安心くだされ。この者たちは実朝公をお迎え申し上げるために参上したまでです。実朝公さえお返し頂ければ、速やかに引き上げるはずです」
優し気な我が子の声は時政の狼狽に拍車をかけていた。
奥の方からは、女性の泣き叫ぶ声。牧の方が悔し涙にくれている。
この日、元久二年(1205) 閏七月十九日の夜遅く、北条時政は出家し、翌日、妻の牧ともども伊豆へ向かった。
政界から完全に引退したのである。それから程なく、大岡時親も出家した。
 代わって義時が執権として政権を担うようになる。
 時政が亡くなったのはそれから十年後であった。(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

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