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畠山重忠・後書き

ご高覧への御礼を兼ねて

 

 かつては鎌倉街道といわれた道がある。
横浜市戸塚区内の筆者宅からさほど遠くない所にも通っている。日常的に歩く道でもある。
 この物語の主人公・畠山重忠もあの日、この道を通って鎌倉に向かうはずであった。
 あくまでも、この道をいつも通りに:。それが最期に当たっての意志であった。

今から十年近く前のことであろうか。自宅から歩いて約一時間、山を一つ越えたくらいの場所にある二俣川の古戦場近くを歩きながら、いつの日か、重忠を主人公にした小説を描いてみようと思い立った。そして、その時の漠然としていた思いは歳月を重ねるうちに強いものとなり、いつしか使命感、義務感に近いものになっていた。
 拍車をかけた理由。それは近年の出版界の傾向と筆者の考え方が全く噛み合わないことであった。無理にこちらから歩み寄ろうとしても、結果が伴わず、自分を見失うだけであった。
 そのような時、物語の最後に出て来た、「さかさ矢竹」伝説に励まされた。
「我が心正しければ、この矢に枝葉を生じ、繁茂せよ」
矢を地に突き刺しながら残した重忠最期の言葉。矢は竹となって、今でも横浜市旭区鶴ヶ峰の地に生えている。
 「吾妻鏡」にも「鎌倉遺文」にも載っていない伝説の世界でのこの言葉こそが今の自分に必要なのだ、と意を固めた。自分の思い通りに書く、という初心、原点に立ち返ることが出来たのであった。
 それを具現化する手段として、ネット上での発表を選んだ。
 これについては賛否両論あるかと思うが、敢えて批判には怯まない覚悟も決めた。
 伝達の手段は何であれ、心を伝えることこそが肝心なのだ。
 吉田松陰勝海舟が師と仰いだ幕末の洋学者・佐久間象山「東洋の道徳、西洋の技術」、早稲田大学野球部の飛田穂洲初代監督「戦術技術は新しく、精神は古く」を道しるべに歩みを進めた。そして、早大歴史文学ロマンの会の先輩で平成27年2月に58歳の若さで逝去された作家・火坂雅志氏が文壇デビュー以前に出版社勤務の傍らに文学修行を続けていた頃、筆者も含めた当時の在校生たちに贈った「サークルも文学も辞めたらその時点で最後」とのコメントも力強く心に蘇ってきた。

 筆者にとっての何よりの僥倖はオリーブニュースという気骨と寛容の精神に富んだ電子新聞を発表の場とすることが叶ったことであった。同誌には厚く御礼申し上げる。
 ただ、いささかの懸念材料を変則的な形での完結になった事情説明とともに申し添えると、同誌の新着記事公開 が今年に入ってからほとんど行われず、本作も今年3月現在、昨年12月に公開の250回 までとなっていることである。
 結局、他日の公開を期して最終回まで同誌への投稿は続けながらも、筆者が管理運営するブログ「歴史小説パーク」にて、一足先に完結という形をやむを得ずにとらせて頂いた次第である。
 筆者は同誌編集部の事情等の詳細については知り得る立場ではないが、状況への対応に至らぬ点があり、読者諸兄姉にはご迷惑、ご心配をおかけしたことをお詫び申し上げなければならない。
 そして、 IT社会、言論界の健全なる発展のためにも、オリーブニュースの一日も早いなおかつより強化充実されての活動再開を心から願う次第である。

それにしても、IT普及による出版形態の変化、多様化を物語の背景となった王朝政治から武家政治への変転に重ね合わせ、様々な思いが浮かんでくる。その他にも、現代の社会や人間模様を彷彿させる場面も少なからずあり、そうしたことも折に触れ、語りたい気もするが、何を置いても、本作をご高覧くださった諸兄姉には、心から御礼申し上げる次第である。
 
平成29年春分
  菊池道人

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