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畠山重忠273(作:菊池道人)

 二十二日の寅の刻(午前四時頃)。
「謀反人だっ、由比ヶ浜の方だぞ」
外からの声で重保は目を覚ました。
 物心つくかつかぬうちに仕込まれた武士の習性で、素早く飛び起きるや、刀を手にして、外へ飛び出した。
 単身でも現場に駆けつけんとの意気である。宿直の郎党たちを起こす暇もなかったが、それでも三人、後に続く。
 鶴岡八幡宮の東側を通り抜け、若宮大路をひた走る。周囲は御家人屋敷が多いが、変事が起きたにも関わらず、なぜか寝静まっているようだ。
 それを奇異とも思わずに、重保と三人の郎党は南の方角すなわち海側へ走った。
 ようやく武者たちが集まっているのが見えた。
 すでに東の空は白み、人の顔も見えるくらいの明るさである。
皆、こちらを向いている。
 謀反人は浜の辺りと聞いていたが、そちらの方に動く気配はない。
 どうしたことなのか。すでに敵は成敗された後だというのか。
 やや不審に思いながらも、重保は、
畠山重忠が倅、六郎重保、謀反人ありとの報せを受け、鎌倉殿の恩顧に報いるべく、参上つかまつる」
すると、武者の群れから一人進み出て来た。
「三浦義村どのが郎党、作久満太郎家盛、謀反人を成敗致す」
腰の太刀を抜いた。
 他の武者たちも重保とその郎党たちを取り囲む。
「何事か。それがしは加勢に参上致したのだ」
が、家盛は、
「しらばくれるなっ。その方らの謀反は明白であるぞ」
重保は罠にかけられた、と覚った。一体、何ゆえにとの戸惑いは如何ともし難いが、かくなる上は武士としての振る舞いをとるしかない。
「いかなる証があって我らを謀反人と致すか。理非を弁じた上で、白昼堂々の一戦を挑むことこそが坂東武者の習い。夜も明けきらぬうちに騙し討ちに致すのが三浦の作法か」
「黙れっ、若造」
袈裟懸けに斬りかかって来た家盛を畠山の郎党が遮るが、横合いから三浦の別の郎党が鉾で突く。
 脇腹を刺された畠山の郎党は前のめり倒れた。
「おのれ、どこまでも汚い三浦め」
重保は部下の仇とばかりに三浦の郎党を真っ向から叩き斬ると、返す刀で家盛と斬り結ぶ。
 二、三回、太刀を合わせた後、重保の切っ先が家盛の右腕をかすめた。
 痛みに思わず、後ろに下がった家盛に二の太刀を浴びせようとしたが、左右に構えていた三浦の郎党たちが一斉に鉾で突いてきた。
 重保は両腰を突かれた。
「卑怯者め」
大きく口を開けたまま、重保は前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。残り二人の郎党たちもすでに討たれていた。
 朝焼けに海原が映しだされる海原はこの日も変わりがない。
 
 
重保が殺されたその日、北条義時を総大将にして、前日、まだ何も知らなかった重保が重成に告げたところによれば、当日中に到着するはずの重忠を追討する軍勢が鎌倉を出撃した。
先陣は葛西清重、後陣は堺常秀、大須賀胤信、胤通、相馬義胤、東重胤。この他にも、足利義氏、小山朝政、三浦義村、胤義、長沼宗政、結城朝光、宇都宮頼綱、八田知重、安達景盛中条家長苅田義季、狩野宗茂、宇佐美祐茂、波多野忠綱、松田有経、土屋宗光、河越重時、重員、江戸忠重、渋河武者所、小野寺秀通、下河辺行平、薗田成朝に大井、品河、春日部、潮田、鹿島、小栗、行方さらには児玉、横山、金子、村山の各党など坂東の御家人たちはこぞって加わった。
 この大軍を見た重忠が菅谷に引き返すことを想定し、北条時房和田義盛が関戸(東京都多摩市内)に向かった。
総力を挙げての追討である。(続く)

作:菊池道人 http://www5e.biglobe.ne.jp/~manabi/3.htm

本作はオリーブニュース http://www.olivenews.net/v3/ にも掲載しております。

本作を初めてご覧になられる方はこちらをhttp://historynovel.hatenablog.com/archive/2014

 

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